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2006年4月28日 (金)

面白い話は抜きにして

現実の事例をプライバシーに十全な配慮をしながら、丹念かつ、大胆に取り上げ、峻烈にしかし、共感をもって書き上げた文章は、人を引き付ける。臨場感、ドラマ性、良い言い方ではないが覗き見、感動や涙への訴求。先行研究の成果と正面からは向き合うことはないかもしれないが、手法は十分に咀嚼され、場所・空間・関係性は姿を変え語られる。それはやはり新鮮で、別種の面白さがある。

比べて、先行研究に対し敬意をもって検討しつつも、予め平伏するのではなく、疵があると判断すれば臆せず批判する、しかし、あくまで論理構築上の話で生々しい事例はいっさい登場しない。そうした、若い研究者の論考はともすれば疎まれる傾向にあるような気がしてならない。

わかりやすければ何でもいい。面白ければいい。それだけではつまらないし、もっと言えば大変危ういことになってしまう。繰り返し繰り返し読んでも理解できない、しかし、何か大事なことを考えている、発言しようとしている。それは理解できる。だから、今一度読んでみる。

短絡的に、乱暴に、社会や世界を説明しようとしない。真摯に丁寧に事物を考え、説明しようとしている論者は尊敬されるべきだ。自分の能力の及ぶ範囲に自信が持てなければ、せめてそれぐらいには謙虚でありたい。

面白い話は全くないけれど、真っ当なことを考えている。難しいけれど大事なこと。Hさんの論考をそんな想いで行きつ戻りつ読んでいる。

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2006年4月26日 (水)

0.62

「口座を開くこと自体は別に問題はないのじゃない。半年、飲まず食わずの覚悟があればね。ただ、ほとんどつぶれていくみたいだけど」という、励ましにもならない、貴重なサゼッションをいただいたり、ノマーが逆転のグランドスラムをかっ飛ばしたり、まあまあ、良い日ではあった。

評論家(?)の呉智英氏が、自身の父のことを取り上げ、二日ほど前に朝日に載せた短文の中で、「家族をもちながら自分のことしか考えない知的なエゴイストで、そこを私は尊敬していた」といった趣旨のことを書いていた。普段の言説はともかく、この一文に限っては、正しいように思う。

エゴイステックという言い方が悪ければ、はやりの自己実現でもいい。一度きりの生において、何らかの徴を刻みたい(絶対評価ではなく相対評価が常で、なおかつそれをこそ欲するのがまた悲しい)と思うのは当然ではないのか。

といいながら、それでは自己決定という四文字から遠く隔てられた存在はどう考えればいいのか。そこに、思考はいつも還っていくのだけれど、結局は辿り着かないとしても、その答えを探して何かを(出版という仕事に関連して)、紡ぎ出していくしかない。たとえ、0.62でも。

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2006年4月25日 (火)

THINK NOMAR

ドジャースのキャッチコピーはご存知の通り、THINK BLUE だが、ようやくノマーが帰ってきた。ノマーについては、僕などとても太刀打ちの出来ないブログ、作曲とMLBというのがあってよく拝見しているのだが、いやあ、本当にめでたいですね。

なぜ、ノマーが好きか。これは本当に人それぞれだと思うけれど、談志と志ん朝、神山雄一郎と吉岡稔真、デレクとノマー(イチローなぞ論外)という風に対比すれば何かが見えてくる気がする(無論僕の好みはすべて後者)。半可通は前者の玄人臭さを取るのだろうが、素直に向き合えば、落語・競輪・ベースボールの本来の魅力をどちらが体現しているかは明白だと思う。

多少、悲劇性を纏った所があって、そこを応援している部分がまったくないかと言えば嘘になるけれど(妬まれ騙されても結局談志を擁護した志ん朝、上手いだけで走りに何の魅力もない「人格者」神山に先にグランドスラムを取られた吉岡、スタンドに突っ込んで顔を血だらけにしたデレクとベンチで佇む自分の姿とを対比され石もてボストンを追われたノマー)、それが一義ではない。

本当の意味での「流暢」な噺、下手な技巧を叩き潰す車のスピード、ハードヒットとストロングアーム、そういうものが見たいから、そこに金を払うのは惜しくないと思うから、彼らは僕がリスペクトするプロなのだ。

本当は、カブスのユニフォームのまま現役を全うしてほしかったけれど、アナハイムに行かれてしまうよりはまだ良かった。とにかくDLにもう入らないことを祈る。頑張れ、#5。

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2006年4月24日 (月)

木久蔵師匠の落語

昨日、今後のこともあるので、疲れているのに無理をして K市自立支援ホーム立ち上げ2周年の集いに出かけてきたら、案の定、風邪を引いてしまったようで、一日寝ているはめになった。

木久蔵、正蔵二人会のチケットをいただいて聴きにいったのは、もう先週のことで、書こう書こうと思っているうちに、あっという間に一週間が過ぎてしまった。両師匠とも新作だったのだが(木久蔵師は「彦六伝」の予定を替えて、「昭和芸能史」。正蔵師は「読書の時間」?)、つまるところ、自分自身を客観視して笑いのめし、声色さえも実体験に基づく凄みがある木久蔵師の突き抜けて乾いた笑いに対して、いつまでも小朝兄さん(色々な文献を読むと、この人は本当に評判が悪い。プロデューサーとしては有能なのだろうけれど、嘘は洒落にならないというやつでしょうか)や、志ん朝師に目を掛けてもらって来たという自慢話ばかりで、気が弱くて、湿っぽい半可通の教養講座の正蔵師は全く歯が立たないというのが率直な印象だった。

正蔵師の評価は、「景清」あたりを聴いてからにしたほうがいいと思うが、木久蔵師の切れ者ぶりは本当に見事。この辺は、吉川潮さん(何でも談志師にお伺いを立てるのは情けない気もするけれど)、が定本として最近出した文庫に詳しい。

それと、木久蔵師の新作の代表作2点はキクラクゴというCDで聴けるのだが、会心の出来と言うわけではない。この音源で決め付けずに、是非にもライブで体験されることをお奨めします。

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2006年4月20日 (木)

お勉強の時間

いよいよ処遇がはっきりしてきたので、これを先途とお勉強をせねば。

今日は予ねて噂を聞いていたK大のGさんにご挨拶のメールを書いた。抜き刷りを送ってくれるそうだ。感謝。なかなか手に入らない雑誌なので本当にありがたい。社会モデルを潜ってきた上での身体に関わる言説といったあたりで、何か新しいことを考えている人とお知り合いになるのが目下の目標ではある。

金曜にはT大のHさんとお会いするし、今週中には、H大のHさんの論文も読めるはずなので楽しみ。というわけで今日は敬愛するKさんの文体を真似てみました。似ていないけど。イニシャルが多いのは格好をつけているわけではありません。まあ、こんなことをしてみたくなるときもあるよね。

明日は、林家木久蔵の芸の奥行きについて書くつもりでおります。乞うご期待。

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2006年4月18日 (火)

坂庭省悟さん

この間KBS放送から、著者の連絡先問い合わせの電話が会社に入ったことがあって、高校生のころ東北の片田舎から、京都KBSの深夜放送を、必死にチューニングをして聴いていたことを思い出した。

エンディングに「ヘイヘイヘイ」という曲が必ずかかっていた、その番組はナターシャセブンというバンドの持ち番組で、高石ともや、城田じゅんじ、木田たかすけ、坂庭しょうごということになるのだが、それはさておき、今日は坂庭省悟さんである(ソロになってから名前は漢字表記)。

ミュージシャンにサインをもらったと言うのはその時の省悟さんが、初めてなのだけれど、それは、彼のソロのライブ、千葉県は柏市であった、精神障害のある人のピア・サポートの会のチャリティイベントだった。市野川容孝さんも顧問になっていた集まりだったが、その日市野川さんはたしか来ていなかった

省悟さんのフラットマンドリンと、決して上手ではないけれど、ハイロンサムと言う気分を日本では一番体現していると勝手に思っていたボーカルの、僕は大層なファンだった。

そのころ、今一緒に暮らしている人に、気持ちをうちあけようかどうか、悩んでいたころで、何かそんな思いも託す気分で、終演後、省悟さんにサインをお願いした記憶がある。お願いしたのは、高校2年のとき、受験の下見とうそをついて東京で聴いたナターシャのコンサートで買った、『107SONG・BOOK』の表2の見返し。赤いサインペンで「Shogo 2003.3.15」と書いてくれた。緑色の表紙の25年も年を経て汚くなった、『107SONG・BOOK』を見て省悟さんは、「うわー、なつかしい。よく持っていてくれましたね」と言ってくれた。

省悟さんはその9ヵ月後の同じ15日、この世を去ってしまった。盟友のじゅんじさんも、訳あって今は獄中のはずだ。

省悟さんの30周年記念ライブ版、『この想い』という2枚組みのCDがあって、その中の、「別れのうた」や「クスの木の森で」はとてもリリカルで好きな歌だ。ゲストのイサトさんや、渡さんの、省悟さんとの掛け合いもとてもいい。

その省悟さんへのトリビュートアルバムが出たらしい。この一週間、まあまあよく働いて、Nさん、Kさんへの約束の第一歩は果たせた。少しは休んで、省悟さん、トリビュートを聴かせてもらいます。

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2006年4月13日 (木)

誰がために鐘を鳴らすか

5年ばかり前頻繁に会っていた、扱うジャンルは全く異なるけれど、話す言葉に首肯することの多かった、同世代の出版人がいる。その彼の振る舞いの中でただ一つ納得できなかったことがあって、それは、誰のために働くのかと問われ、①会社②自分③家族のうち①を挙げないものは去るべしといったことをもっともらしく明文化しただけの、会社の社訓への彼の無条件の服従だった。

本当にそうなのか? 実は自分自身それに近いことを言い訳にしてこれまで仕事をしてきた。でも嘘をついている。おそらく大方の人間は嘘をついている。出版などという業態を選んでおいて滅私奉公というのはあり得るはずがない。

ただ、敬愛するKさんが言葉を変えていっているように、どうやら世の中には二つの類型があって、一つは、人と同じである、あるいは集団から排除されないということに固執する群であり、もう一つは、違うということ、あるいは集団に帰属しないことに固執する群のような気がする。そしてこの類型を考え、気に病むのは前者の群に属する人間だけで、後者群は類型があることすら気にしないのかも知れない。

ではあっても、日々無力化を仕掛けてくる権力装置に対しては、群れから出るための理論武装を積み重ねるしかない。「いつ飛ぶの」という揶揄に怯むことなく。

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2006年4月11日 (火)

自己決定

兄の誕生日が近づいてきた。知的と頚損の重複で今も施設入所の兄の誕生日が。こうした重度の知的や重複障害のある子をもつ親へのアンケートでは、親亡き後はきょうだいに託したい、でも言い出せないという答えが多いと言う文献も読んだ。

自立生活といい、自己決定という、それに沿って考えなければと自分の来歴を振り返っても思う。重度の知的だって地域で生きていけるという話だってつい最近も聞いた。

わからない。自己決定していない、支援者がそう見えたような気になっているだけっていう場合は本当にないのかな。コミュニケーションの全的不全って本当にないといえるのかな。

書かれてきたことを、語られてきたことを、きちんと読み込めば何かがわかるのかな。

当事者が語るということの対極にいる存在や事柄について、何がしかの有用性をもった仕事は出版を通して可能なのだろうか。

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2006年4月 7日 (金)

広澤瓢右衛門

落語なら「黄金餅」の志ん生、志ん朝、談志がそれぞれ良いけれど、道中付けで思い出したのが広澤瓢右衛門。悪声ながらと自分でふっては呻った「英国密航」が絶品だった。米朝が瓢右衛門と、談志が木村重松の「慶安太平記」とカップリングした企画版がLPで出ていて、持っていたはずなのに、手許に今はない。CDでの再発は望むべくもないのだろうか。道中付けファンの方お教えを。

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2006年4月 5日 (水)

狼煙はもう上がらないか

自己憐憫と、他人へのくだらないやっかみで肉体も精神も腐りかけると、薬を呑むように、亡くなった松下竜一さんの狼煙を見よや、Dさん自身の『明けの星を見上げて』を読み返す。

もしかなうなら、いずれ東アジア反日武装戦線の思想と実践の軌跡、その全体像を出版の仕事として纏めてみたい。ノスタルジアに浸ったくだらない団塊向け企画ではなく、今も獄にあるDさんやYさんの、揺れながらも真摯な、死ぬに死ねない気持ちを受け止めるような……。 

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理不尽なことの説明

里親が子どもをシェイキングベイビーで殺してしまった。尊厳死は認めるべきだと90歳を超えた国民的アイドルの医師が語った。しっかりと、よく考えられるべきことの、前提と方向とがかなりおかしなことになっている。少なくとも前者がおぞましく、後者が喝采を浴びるという極端に単純化、矮小化された公論が形成されていいはずがない。

理不尽なことがらの説明を、それすらも聞かされることなく逝ってしまった人たちの分も含めて、とても無理かもしれないけれどやろうとするのが、出版の仕事だと言い聞かせたい。Nくん、箴言と苦言、感謝します。

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