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2006年4月13日 (木)

誰がために鐘を鳴らすか

5年ばかり前頻繁に会っていた、扱うジャンルは全く異なるけれど、話す言葉に首肯することの多かった、同世代の出版人がいる。その彼の振る舞いの中でただ一つ納得できなかったことがあって、それは、誰のために働くのかと問われ、①会社②自分③家族のうち①を挙げないものは去るべしといったことをもっともらしく明文化しただけの、会社の社訓への彼の無条件の服従だった。

本当にそうなのか? 実は自分自身それに近いことを言い訳にしてこれまで仕事をしてきた。でも嘘をついている。おそらく大方の人間は嘘をついている。出版などという業態を選んでおいて滅私奉公というのはあり得るはずがない。

ただ、敬愛するKさんが言葉を変えていっているように、どうやら世の中には二つの類型があって、一つは、人と同じである、あるいは集団から排除されないということに固執する群であり、もう一つは、違うということ、あるいは集団に帰属しないことに固執する群のような気がする。そしてこの類型を考え、気に病むのは前者の群に属する人間だけで、後者群は類型があることすら気にしないのかも知れない。

ではあっても、日々無力化を仕掛けてくる権力装置に対しては、群れから出るための理論武装を積み重ねるしかない。「いつ飛ぶの」という揶揄に怯むことなく。

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