2006年4月25日 (火)

THINK NOMAR

ドジャースのキャッチコピーはご存知の通り、THINK BLUE だが、ようやくノマーが帰ってきた。ノマーについては、僕などとても太刀打ちの出来ないブログ、作曲とMLBというのがあってよく拝見しているのだが、いやあ、本当にめでたいですね。

なぜ、ノマーが好きか。これは本当に人それぞれだと思うけれど、談志と志ん朝、神山雄一郎と吉岡稔真、デレクとノマー(イチローなぞ論外)という風に対比すれば何かが見えてくる気がする(無論僕の好みはすべて後者)。半可通は前者の玄人臭さを取るのだろうが、素直に向き合えば、落語・競輪・ベースボールの本来の魅力をどちらが体現しているかは明白だと思う。

多少、悲劇性を纏った所があって、そこを応援している部分がまったくないかと言えば嘘になるけれど(妬まれ騙されても結局談志を擁護した志ん朝、上手いだけで走りに何の魅力もない「人格者」神山に先にグランドスラムを取られた吉岡、スタンドに突っ込んで顔を血だらけにしたデレクとベンチで佇む自分の姿とを対比され石もてボストンを追われたノマー)、それが一義ではない。

本当の意味での「流暢」な噺、下手な技巧を叩き潰す車のスピード、ハードヒットとストロングアーム、そういうものが見たいから、そこに金を払うのは惜しくないと思うから、彼らは僕がリスペクトするプロなのだ。

本当は、カブスのユニフォームのまま現役を全うしてほしかったけれど、アナハイムに行かれてしまうよりはまだ良かった。とにかくDLにもう入らないことを祈る。頑張れ、#5。

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2006年3月22日 (水)

親愛なるIに捧ぐ

野球のことは書かないでおこうと思ったのだけれど、あまりにイチローを持ち上げて大騒ぎするので我慢が出来なくなった。

いまさら言うまでもなく、帝国アメリカMLBの金儲けのために仕組まれたWBCだったことは間違いないし、日程、勝ち上がり方式など問題点を論えばきりがない。

(こうしたMLBの戦略については『帝国化するメジャーリーグ』という本に詳しい)

試合は、確かに野球の魅力に満ちていた(もっとも日本がらみの試合しか見ることは出来なかったが)。準決勝、日本vs韓国の緊迫した投げあい、守りあい(特に韓国のショート朴鎮萬の守備)は素晴らしかったし、福留が放り込んだホームランも、決勝で松坂が投げ込んでいた高めのストレートも胸がすく見事さだった。

そういう魅力に水をさしたのがイチローなのだ。

優れたプレイヤーであることにまったく異議はない。ただ、MLBに渡った彼は、その苦虫を噛み潰したような顔で、ストイックだ、クールだと形容されながら、自分が指定するメディア以外のすべてを遠ざけ、ひたすら安打(かなりの部分を内野安打が占める)を積み重ねることによって、孤高の天才などという称号を得て、それと引き換えにベースボールから天真爛漫さを奪ってしまった。

そして、今大会での打って変わった、エキセントリックとも言える、饒舌と挑発。MLBやシアトルを見返そうとしているといった穿った見方もあるようだが、「むこう30年、日本には手を出せないと思わせる」と口火をつけ、負ければ負けたで「野球人生で最も屈辱的な日」とのたまい、韓国がマウンドにたてた旗を叱り、「喧嘩だ」とチームを煽る。

沈黙が饒舌に形を変えても、野球を見る楽しみ~芝生と土の上で、自分には到底叶わない速い球を投げ、またそれを夢のような放物線を伴って打ち返すといったようなこと~から何かを奪い、そのスタイリッシュな外見とは裏腹に、恨みやら、武士道やら、根性といった、野球の豊かさの対極にあるものへと、方向付けをしていることに変わりはない。

彼の煽動にのった若いファンが街頭でのインタビューに応じて、「イチローさんのあの言葉で日本中が一つになれた」と真顔で語っているシーンを見たが、奇妙なカリスマ待望意識を持ち込んだという意味でもその罪は重い。

願わくは、西岡や川﨑が一刻も早くその呪縛から解放されんことを。

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